映画コラム

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2021年03月15日

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』レビュー:「こういうとき、どんな顔すればいいかわからないの」

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』レビュー:「こういうとき、どんな顔すればいいかわからないの」


「祭りのあとの寂しさ」は、碇シンジが大人になってしまったことによる

※筆者注。念の為、以下盛大にネタバレするので、未見の方はご注意ください。

本作の碇シンジは、シリーズを通して最も大人(「大人という表現は定義が曖昧なので不適切だと思うが、適当なものが見当たらないので許して欲しい」)である。そして、大人になるまでの過程も丁寧に描かれる。この過程が描写不足だという意見もあるかもしれないが、筆者の考えは少し違う。

シンジは冒頭、胎児のように身体を丸めているばかりで、言葉を発することもない。しかし、レイの介入により、まるで産声をあげるかのように大声で泣き、新生する。自身の責務を果たしたかのようにLCL化するレイを見て、大きな喪失を抱えるものの、再び塞ぎ込むことはない。彼は世界と関わることを選ぶ。

ヴンダー乗艦後は自分の気持ちに折り合いをつけただけでなく、他者の気持ちも慮れるようになり、ついには、最大の懸念事項であった父との問題も解決してしまう。シンジの新生や父との問題解決に用いられたのは、神にも近しい強大な力でも何でもない。リリンのみが扱える言葉である。

父からの呼び出しの言葉ではじまった物語は、言葉によって解決されなければならない。とでもいうかのように、ゲンドウのアドバイスはあったものの、シンジは言葉を使って父に立ち向かう。

「殺し合う」と仮定した場合、暴力によってもたらされるのは肉体の損壊だが、言葉によってもたらされるのは、それよりも遥かに恐ろしい精神の消失である。しかし、シンジは言葉でゲンドウを殺すことはない。いつも1人ぼっちだった、誰かと一緒に居ても、どこかで孤独を感じ続けていた、他人を拒絶し続けてきた彼は、1人では決して行うことのできない「対話」にて決着をつけた。

対話後について少し。「GOD'S IN HIS HEAVEN. ALL'S RIGHT WITH THE WORLD.」とは、ネルフのシンボルマークに記されている言葉だ。解釈はさまざまだが、大きな事件や災厄もなく、平穏無事に日常を送る様子を表しているといった説もある。であるならば、「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」は、本作のシンジにこそ相応しい。シンジはゼーレとゲンドウがそれぞれ目指した世界とは異なる、エヴァのない(少なくとも、彼と周囲にとっては)平穏な世界を実現した。

以下、空想を飛躍させるが、その世界は、おそらく我々の世界と似ているのだろう。例え天に神が存在しようとも観測するのみで、神の力が世界に介在することはない。知恵の実と生命の実を食べた、完全なる生き物ではなく、不完全なリリン、つまり新生しなかった人類が、シンジやレイ、アスカ、カヲル達も含め、神の力など借りずに、平和であるものの、時には大変なことも、辛いことも起きるといった、直球で表現するならば「人生」を過ごしていくのだろう。そして、物語は完結する。じゃによって、シンジたちは「人生を語らず」である。

以下、空想を飛躍させたうえでの願望になるが、シンジやレイ、アスカ、カヲル達の新たなる人生が、上々であったならいいなと思う。「思う」と映画評で書いたらお終いなのだが、今回ばかりはご容赦願いたい。だって、思っちゃったんだから。

とにかく、四半世紀、何か問題が起きる度に殻に閉じこもっていたシンジは、たった155分でこれまでにない成長を遂げ、殻に閉じこもるループを断ち切ってみせ、世界すら変えてみせた。そんな彼に、四半世紀さしたる変化もなく、映画を観てああじゃないこうじゃない言っている自分が、置いてけぼりにされてしまったように感じてしまった。ここに、寂しさの理由のひとつがある。

「祭りのあとの寂しさ」は、反復記号「:||」がつけられていることによる

エヴァンゲリオンシリーズでは、これまでさまざまな世界が描かれてきた。だとすれば、今後も別の世界線スピンオフだって描けるはずだ。

だが、個人的には反復記号の存在により、エヴァンゲリオンシリーズは完全に終わったという立場を取る。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は、末尾に反復記号(:||)がつけられている。反復記号は「||:」と「:||」の記号間を反復し、2回演奏するという意味だが、「:||」のみが記載されている場合、曲頭に戻って繰り返されることとなる。また、言い方を変えれば、繰り返しの終わりという意味でもある。

つまり、どのような並行世界があろうとも、「新劇場版エヴァンゲリオン」の結末は、本作の結末以外は有りえず、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の反復記号に向かって収束していく。

この言説は、タイトル発表時には既に指摘されていたので、別段真新しいものではないのだが、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』鑑賞後では、「:||」の持つ重みが違う。はっきりと明示された「終わり」に、寂しくなってしまった。

とにかく、「エヴァンゲリオン」は本作をもって完結した。この、長い祭りのあとの寂しさは、「いや、すごくよかったんですけど、こういうとき、どんな顔すればいいかわからないの」と感じさせるに十分である。

ただ、祭りのあとに残るのは寂しさだけではない。シンジ達と同じく、我々も「エヴァのない世界」に生きることとなったが、繰り返しの物語で最後に奏でられた音は、心地よい残響として耳と記憶に残り続ける。

→『シン・エヴァンゲリオン劇場版』より深く楽しむための記事一覧

(文:加藤広大)

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