2021年09月26日

『ルパン三世 カリオストロの城』が改めて映画館上映!初公開された1979年12月は「こんな時代」だった

『ルパン三世 カリオストロの城』が改めて映画館上映!初公開された1979年12月は「こんな時代」だった


1作目ほどヒットしなかった
『カリオストロの城』



こんな中で『ルパン三世カリオストロの城』は12月15日に公開されましたが、結果としては配収3億500万円(興収に換算するとおよそ6億1000万円)と、思ったほどの興行成績を上げることはできませんでした。
(この時期の映画料金は大人1300円。しかし翌1980年から1400円、超大作は1500円へと値上がりしていきます)

前年の12月に公開された劇場版『ルパン三世 ルパンVS複製人間(クローン)』(ちなみにサブタイトルは、初公開時ではなくビデオ化の際に付けられたものです)が配収9億1500万円を計上したことと比べると、やはり不満は残る成績です。

これには、本作が地方では2本立ロードショーだったことも禍いしているのかもしれません。

当時の日本の映画興行は、東京などの都市部は1本立でも、地方は2本立というケースが常でした。

そして『カリオストロの城』の大半の地方併映作は香港ドタバタ・コメディ『Mr.BOO!ギャンブル大将』で、当時九州の高校1年生だった私は「組み合わせが良くないなあ」などと思いつつ映画館へ足を運び、案の定『ルパンVS複製人間』より客数が落ちているのを目の当たりにしたものです。


筆者が所有していた当時のチラシ


実は『ルパンVS複製人間』も地方では『ナイル殺人事件』と2本立で、大人のミステリと大人のアニメ『ルパン三世』の組み合わせは背伸びしがちな10代を大いに刺激し、場内は満席状態で熱気で暖房要らずの熱気に包まれていたものですが、『カリオストロの城』はそこまでではありませんでした。

また『カリオストロの城』が公開される前、学校のクラスメイトたちと何気に話していたのが、「今度のルパンは(未来少年)コナンみたいな顔をしているね」というものでした。

これはどちらも宮崎駿監督作品ということで、今となってはおかしくも何ともない事象ではありますが、この時期はまだ宮崎駿という存在そのものは一部のアニメ・マニア以外にさほど知られていなかったのです。

さらには当時TV放送されていた「ルパン三世」PART2は(PART1ほどではないにせよ)大人向けアニメという認識が強く、それゆえ宮崎駿の柔らかみのある元気印のキャラクター・デザインに違和感を覚えるファンがかなりいたことも事実です。

実は宮崎監督、高畑勲監督とともにPART1後期の演出を担っていて、それゆえに『カリオストロの城』でのルパンのジャケットの色はPART2の赤ではなくPART1の青緑に戻り、車もPART1後期に登場していたフィアット・500に乗っていたりもしています。

ただし、そうした繋がりやこだわりなどに多くのファンが気づかされるのも、公開後の感動と興奮が収まらぬマニアたちの伝聞の数々や同人活動などからでした。

何せSNSもケータイもない時代でしたので、当時の正月映画にしても冬休みが明けてから教室の中で「あれが面白かった」「これがつまらなかった」などと話題になるのが常で、自分の周囲で「『カリオストロの城』が面白い!」という話題になったのも3学期に入ってからと記憶しています。

そうやって作品のウンチクみたいなものも含めて、いかに『カリオストロの城』が面白い作品であるかという事象は、徐々にではあれ着実に全国へ流布されていったのです。

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原作:モンキー・パンチ (C)TMS

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