アニメ「ブルーピリオド」の魅力:「お前の好きは本気か」




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マンガ大賞2020を受賞した「ブルーピリオド」(山口つばさ/講談社)のアニメが、2021年10月から放送されている。日本で唯一の国立総合芸術大学「東京藝術大学」受験合格に挑む矢口八虎ら高校生たちの奮闘を描く物語だ。

同作は、「スポ根美術マンガ」と評されることが多い。

スポ根……。美術とはイメージがかけ離れているようにも思える言葉だ。しかしこの作品を語るうえで、「スポ根」は外せない。

※以下、ストーリーのネタバレあり。作品を鑑賞予定の方はご注意ください。

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「絵に目覚めた若者、無謀とも思える道へ挑む」という王道



ブルーピリオドがスポ根たるゆえんは、「目標のために一心に進んでいく高校生たちの姿」にある。

主人公の八虎は、タバコに飲酒、夜遊びと、不良を絵にかいたような人物だ。しかし学校には真面目に通い、テストの成績も上位をキープ。親にも先生にも心配をかけず、友達との関係も壊さないよう努める優等生である。なんでもちゃちゃっとできちゃうチートヤンキーではないため、嫌味がない。

そんな彼だが、実は自分に自信が持てずにいる。彼にとって勉強や交友関係にかける努力は、現状を維持するための手段でしかない。そんな目標もなく周囲にあわせることでしか自身を保てない自分に、本当は嫌気がさしていた。



そんな彼を、ある絵が一変させる。八虎は美術室で見た美術部員が書いた絵に心を奪われたのだ。この絵との出会いをきっかけに彼は、一枚の絵を描きあげた。そしてこの体験を通して得た人生初と言っても過言ではない「生きている実感」を追い求めるため、八虎は藝大合格を目指す覚悟を決める。

現役生の実質倍率は約200倍。日本一倍率の高い大学に、これまでまともに絵を描いてこなかった人間が挑むのだ。何重にも壁が立ちはだかる。

この「目標を持てずにいた若者が自分にとって光輝く何かを見つけ、立ちはだかる壁を1つ1つ乗り越えながら、その道を突き進んでいく」流れは、スポ根の王道だといえよう。

ポジティブという名の無責任スポ根、ではない



「ブルーピリオド」で描かれる目標や夢に向かってひたすら前に進む八虎の姿は、観るものの背中を押してくれる、だけではない。むしろ「好きなことで生きていく決意」を持つことへの恐怖を突きつけてくる。

その最たるものは、周囲からの理解だろう。「好きなこと」は自分だけのものなのだから、周囲の人の理解なんて本来必要ないはずだ。しかし「そう簡単に割り切れるものではない」というリアルがこの作品では鮮明に描かれている。

なかでも美大受験にかかるお金にまつわる話は、周囲の理解なしには語れない。美大は医学・薬学・歯学に次いで学費がかかる大学だ。奨学金という名の借金で自分で払い続けていくにしろ、親に払ってもらうにしろ、とにかく金銭的負担が大きい。



そもそも八虎は、母親から家計状況的に「うちは私大は無理だ」と釘を刺されている。そのため私立という選択肢がもともとない。

しかし美大とはいえ国立の東京藝術大学なら、年間学費は約50万。「私大は無理」という母親の要求もクリアできている。にもかかわらず彼は、なかなか母に藝大受験の話を切り出せずにいた。

受験は入学以前にも、案外お金がかかるものだ。加えて関東の美大生の多くは、専門の予備校にも通うという。親の理解と協力なしには、受験すらできないのは明白だった。



ようやく見つけた「好きなこと」。しかし彼は、これまでまともに絵を描いてこなかった。どんなに興味を持ったとはいえ、その「好き」をお金を払ってもらう親に証明する自信が持てなかったのだろう。この「親に相談できない八虎の気持ち」が、痛いくらいわかるのだ。

私はありがたいことに「好きなこと」を書く仕事をさせてもらっている。ただどんなに好きなものであろうと、企画が通らなければメディアには掲載されない。だから企画を出すたびに不安で仕方ない。「この程度の好きでは企画は通らない」と思ってしまう。いやそれ以前に、自分の「好き」を表現して受け入れられないことを想像すると怖いのかもしれない。

理解してもらわなければ好きを表現できない厳しい現実は、間違いなく存在する。そしてその現実はときに、自分の「生きている実感」を揺るがす大きな要因となる。これらの事実を高校生を通して描くのだ。なんとシビアな作品だろうか。

「まだまだやれる」に気づけるという快感



さらに「好きの本気度を伝える方法」もきちんと描くのがこの作品の厳しさだと思う。

八虎は美大受験に理解を示さなかった母親に、彼女を観察して描いた絵を手渡すことで協力までこぎつけた。この姿を通して、本気の伝え方まで考えることが「好きなことで生きていく決意」なのだと思い知らされた。

ライターなんていう「人に伝えてなんぼ」の仕事をしておきながら、本気を伝えることから逃げている。そう気づかされた瞬間、リモコンの一時停止ボタンを押していた。一旦心を落ち着かせなければ続きが観られないと本能的に判断したからだろう。

「ブルーピリオド」を観ていると、「好きにかける本気度」を常に試されているような気がしてくる。八虎が壁を乗り越えるたびに、自分の決意、覚悟の弱さと向き合わされる。だからこそ胸がヒリつき、しんどさすら覚えるのだ。



しんどいのなら観なければいいと思うかもしれない。しかしどうしても目が離せない。というよりこのしんどさが、心地よくなってくるのだ。

「まだまだやれることはある。腐るな。」
「ブルーピリオド」には、こうやって自分を鼓舞するチャンスが確かにある。

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(文:クリス)

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©︎山口つばさ・講談社/ブルーピリオド製作委員会

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