<解説>『スティルウォーター』が構想10年を費やした理由
<解説>『スティルウォーター』が構想10年を費やした理由
2022年1月14日より映画『スティルウォーター』が公開される。本作は第88回アカデミー賞作品賞および脚本賞を受賞した『スポットライト 世紀のスクープ』(15)のトム・マッカーシー監督最新作だ。
内容を端的に示せば、「殺人罪で捕まった娘の無実を証明するため、父親が異国の地で真犯人を探し出す」サスペンススリラー。物語で難しいところは全くなく、意外な親しみやすさもあり、何より万人がのめり込んで観られるエンターテインメント性も存分。139分という長めの上映時間があっという間に感じられる、文句なしにおすすめできる秀作に仕上がっていた。
しかも、本作の発想元は「実話」。それでいて物語はほぼ完全にフィクションであり、構想に10年を費やした理由も興味深いものになっていた。さらなる作品の魅力を紹介していこう。
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1:シングルマザーとその娘との「ささやかな日常」も綴られる物語
あらすじはこうだ。失業中の元石油掘削作業員のビルは、ガールフレンドを殺害した罪で投獄中の娘のアリソンを救うため、フランスのマルセイユへと向かう。ビルはその地で真犯人を見つけ出そうとするが、弁護士はまともに取り合ってはくれず、さらに言葉の壁や文化の違い、複雑な法制度、探偵を雇う金すらないことなどにつまずいてしまう。やがてビルは、シングルマザーのヴィルジニーとその娘マヤと出会い、彼女たちから協力が得られるようになるのだが……。父親が娘の無実を証明するため奔走するという単純明快なプロットに加えて、シングルマザーとその娘との交流が描かれていることが大きな魅力だ。母親は主人公と反発することもあるが基本的には惜しみなく協力をする。その娘はとても可愛らしく主人公にも懐いていく。初めこそ無骨で独善的にも思えた主人公の心持ちも、善良な彼女たちがいたことで変わっていく。
この「ささやかな日常」が描かれていることは、物語上で重要な意味を持つ。主人公は自身の娘の無実を証明すること、ただそれだけが人生の目的になりつつあるのだが、そのせいで危険な行動にも身を投じて、はっきり言って「やりすぎ」な言動もしてしまう。そんな彼に、シングルマザーとその娘は「それ以外の人生の意義」や「正しさ」をも、はっきりとは口に出すことはなくても、それとなく示しているかのようでもあるのだ。
そして、本作は愛すべき人たちとの絆を描くだけの「良い話」に始終しない。何しろ主人公は決して正しい人間ではなく、自身の娘のためとは言え、間違いも犯してしまいそうな「危うさ」がある。それがどのような行動に繋がり、そしてどのような帰結をするのか。それに至る過程こそがハラハラドキドキのサスペンスであると同時に、娘を第一優先に「しすぎる」父の心情も理解はできるため、「気持ちはわかるけど、それはダメだよ…!」と良い意味でアンビバレントな気持ちに観客を追い込んでくれるのだ。
2:「空白の時間」「演劇」の要素が観客に訴えるもの
もう1つ作劇として特徴的なのは、主人公の娘が無実の罪で逮捕されるまでの出来事を、映像としては映していないこと。物語の開始時点ですでに娘は服役しており、事件から長い時が経っているのだ。つまり観客にとっては「空白の時間」があり、それが良い意味で想像力を喚起させる。そして、その事情を主人公から聞いて協力するシングルマザーとほぼ同じ目線で物語を追うことができる、上手い構成がなされているのだ。
シングルマザーが演劇の仕事に取り組み、オーディションを受けているというのも意味深だ。それは彼女が演劇をする時以外にも演技をすることへの伏線でもあり、驚くほどにサスペンスフルなシーンにつながっていく。それらから、複雑な人間の「業」をも受け取れるだろう。
その「空白の時間」を観客に存分に想像させ、複雑かつエモーショナルな物語に大きな貢献をしたのは、豪華俳優陣の熱演に他ならない。主演のマット・デイモンは泥臭くて「そりゃ娘に嫌われてもおかしくないな」と思わせるも、「放っておけない」人間味があるのでどうしても憎めない。
娘アリソンを演じたのは『リトル・ミス・サンシャイン』(06)でおしゃまな女の子を演じていたアビゲイル・ブレスリンであり、今回は父親への信頼が全くおけない一方で、その行動を心の拠り所にするしかない複雑な心情を見事に体現している。
シングルマザーを演じたカミーユ・コッタン(2022年1月14日同日公開の『ハウス・オブ・グッチ』にも出演!)、スクリーンデビューとなる子役のリル・シャウバウもさらなる活躍が期待できるだろう。実力派の俳優たちが紡ぐ、「家族」のドラマそのものに期待してほしい。
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