<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く
ケイト・ブランシェットはさるインタビューで、映画『TAR/ター』についてこんなコメントを残している。
「この映画はロールシャッハ・テストのようなもので、暗示しつつも決して確定されない情報に対して、人々がどのような判断を下すかを示しています」ストーリーを乱暴にまとめてしまえば「世界から賞賛を浴びている音楽家が、その権力の座から滑り落ちていく物語」となる。だが、実際はそう単純ではない。監督を務めたトッド・フィールドは、限定的な視点で物語を紡ぐことを周到に回避している。明快に回答を打ち出すことを拒否している。ゆえに本作は抽象的で、観念的で、謎に満ちているのだ。
ケイト・ブランシェットが語る通り、この映画について語ることとは、ロールシャッハ・テストと同義なのだろう。個人の理念や社会的スタンスが、本作を通してあぶり出されてしまう。『TAR/ター』は怪物的作品であると同時に、ヘタをすれば炎上しかねない「触るな危険」映画なのである。
とはいえ筆者は、#MeTooやキャンセル・カルチャーといった現代的テーマをサブテキストに含んではいるものの、精神崩壊&ノイローゼ系のニューロティック・ホラーだと受け止めている。ネタバレありで解説していこう。
※本記事はネタバレを含むので、未鑑賞の方はご注意ください。
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独裁者としてのリディア・ター
▶︎『TAR/ター』画像を全て見るケイト・ブランシェットが全身全霊で演じきるリディア・ターは、音楽界のスーパーエリート。女性初のベルリン・フィル首席指揮者であり、ジュリアード音楽院で教鞭を執る教師であり、民俗音楽の研究家であり、作曲家としても超優秀。おまけにエミー賞・グラミー賞・トニー賞・アカデミー賞まで制覇している。
また彼女はレズビアンであることを公言し、ベルリン・フィルでコンサートマスターを務めるシャロン(ニーナ・ホス)とパートナー関係を結んで、ペトラという娘と三人で暮らしている。
人を惹きつける圧倒的な才能、マエストロとしての風格。彼女はクラシック音楽界のカリスマだ。その一方でリディアは常に高圧的な態度を崩さず、独裁者として君臨している。気に入らない副指揮者は平気で切るし、若く美しい新人チェリストのオルガ(ソフィー・カウアー)に一目惚れすれば、楽団の反発におかまいなく肩入れしてしまう。しかも彼女はその地位を利用して、恒常的にセクシャル・ハラスメントまで行なっていた。
▶︎『TAR/ター』画像を全て見る
いま映画界では、#MeToo運動の世界的な広がりと呼応するように『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)や『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)など、トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)に警鐘を鳴らした作品が数多く作られている。
にもかかわらず、本作ではその流れと逆行するかのように、女性を加害者に据えてしまっているのだ。
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