映画コラム

REGULAR

2024年05月10日

『不死身ラヴァーズ』見上愛と佐藤寛太が生み出す“究極のラブストーリー”

『不死身ラヴァーズ』見上愛と佐藤寛太が生み出す“究極のラブストーリー”

▶︎『不死身ラヴァーズ』を観る

松居大悟監督の、「恋愛暴走機関車童貞編」シリーズが帰ってきた。

もちろんそんなシリーズはない。筆者が勝手に命名した。だが松居監督は、しばしば恋に暴走して荒れ狂う童貞たちを描いてきた。

デビュー作の『アフロ田中』(2012)では、本来男前のはずの松田翔太が、どこから見てもモテない童貞を完璧に演じていた。風呂なしアパートの隣の部屋に佐々木希が引っ越してきて仲良くなるという絶対にありえない童貞の願望を、スクリーンに焼きつけた。

『スイートプールサイド』(2014)は、いまだ毛の生えない男子高校生(須賀健太)が、毛深いことに悩む女子水泳部員の体毛を剃ってあげるお話だ。子役イメージの強い須賀健太が、持ち帰ったその体毛を夜中に食べるシーンの狂気が忘れられない。



『君が君で君だ』(2018)では、その“恋する童貞の狂気”がさらに増幅されている。一方的に好きな女の子を観察するためだけに、その子の部屋がよく見えるアパートで共同生活をする3人の男の物語。名を捨て、彼女を好きだと言った尾崎豊(池松壮亮)、ブラッド・ピット(満島真之介)、坂本龍馬(大倉孝二)として生きている。もう狂気が振り切れすぎて、一周回って清々しくさえ見える。名作だが、気軽におすすめはできない。戻ってこられなくなる可能性がある。

そして、満を持して最新作『不死身ラヴァーズ』が公開中だ。主人公は、恋に狂っている。恋に暴走している。恋ゆえに、ぐちゃぐちゃのボロボロのドロドロになっている。従来の作品通りだ。

だが、童貞臭がしない。今作の主人公は女性だからだ。

原作との大きな違い



今作には原作がある。2013年に高木ユーナが発表したマンガ作品だ。

“運命の相手”(と一方的に決めつけている)長谷部りのを追いかけ続ける、主人公・甲野じゅん。その情熱が伝わり、やがて両想いになるが、その瞬間にりのは消えてしまう。意気消沈するじゅんの前に、やがて“違う属性”としてのりのが現れ、その度に恋に落ち、その度に両想いとなるが、その度にりのは消えてしまう……。

この原作が素晴らしく面白い。りのが同級生として転生している内はともかく、りのが中学生になろうが小学生になろうが同性になろうが、変わらぬ情熱で全身全霊の愛をぶつけるじゅん(大学生)の姿には、倫理観まで超越した感動を覚える。

その“狂気性”は、いかにも松居大悟作品の童貞主人公だ。


だが映画化するにあたり、監督・松居大悟はあえて男女を入れ替えた。長谷部りの(女性側)が、甲野じゅん(男性側)を追い続ける物語とした。

当たり前だが、童貞臭は失われた。従来の作品では、暴走する童貞の狂気、もっとはっきり言ってしまえばその“気持ち悪さ”が、屈折した大きな魅力でもあった。だが、それらのアブノーマルな要素は観る人間を選ぶ。松居作品を万人におすすめできない理由だ。

今作なら、胸を張って万人におすすめできる。主人公を女性にして、“気持ち悪さ”を削いだことだけが理由ではない。

主人公・長谷部りのを演じる見上愛が、とてつもなく魅力的だからだ。

長谷部りの=見上愛


原作と映画で男女が入れ替わっていることについて、原作者である高木ユーナは映画公式サイトでこう語っている。

元より私の描いた不死身ラヴァーズも性別に拘りはなく、甲野と長谷部が男女、女男、男男、女女、虫になろうが花になろうが魂が二人でさえあれば不死身ラヴァーズなので男女逆転は全く違和感ありませんでした。

仮に原作通り男性が主人公であったとしても、その役は見上愛以外には考えられない。


その目には、狂気的な意思の強さが宿っている。甲野じゅんが何回消えても甲野じゅんを追い続け、そのたびに「好き」と言い続ける。たまに心が折れそうにもなるが、目の光は消えない。

走る姿も大変美しい。松居作品では、童貞主人公がよく走っている。言葉にならない雄叫びを上げながら。その姿は大変暑苦しいし、無軌道な情熱の発露という感じだ。いつか何かがプチッと切れて、そのまま死んでしまいそうな危うさがある。

だが、今作の見上愛の走る姿は、美しく軽やかだ。「甲野じゅん」というゴールに向かってどこまでも走っていけそうである。同じ「恋愛暴走機関車」でも、性別によってここまで印象が変わることが驚きだ。



りのが、じゅんのためにGO!GO!7188の「C7」を弾き語るシーンがある。

「1つだけわかったこと あたしは強い」

りのは強い。見ていて涙が出そうなほどに強い。

「あなたはまた消えてしまうでしょうけれど、私はあなたを探し続ける。私は強いから」

そんな、ある意味りのからの“宣戦布告”とも取れる歌である。主題歌を担当したスカートの澤部渡が、映画公式サイトで語っている。


「ラッシュを観た時、りのが歌っている劇中曲こそこの世界の主題なのでは?と考えてしまい、実際にその曲の方が相応しいのではないか、と提案してしまった」

それほどまでに見上愛の歌は、鬼気迫るものがある。怖いぐらいに強いが、その強さが、また悲しい。

甲野じゅん=佐藤寛太


甲野じゅんを演じた、佐藤寛太についても触れなければならない。同じ「甲野じゅん」でありながら、一人何役もこなすような難しい役柄だ。

「陸上部員→軽音楽部員→車イスの青年→クリーニング店店長→大学生」と、コロコロ変わるパーソナリティを、すべて違和感なく演じ分けている。

彼は劇団EXILEのメンバーのため「ウェーイ」な役は得意だと思うが(偏見)、彼が光るのは繊細な役を演じた時だ。



2023年の話題作『正欲』での役柄も鮮烈だった。大学ダンスサークルの花形という一見陽キャな属性ながら、性的マイノリティとしての深い悩みを抱えている……。この作品で描かれる性癖があまりにも特殊であるため、それゆえの生きづらさを想像すると胸が押しつぶされそうになった。

『不死身ラヴァーズ』においても、明るいキャラよりも悩みを抱えた生きづらいキャラを演じている時が、魅力的だった。その最たるものが、りのの大学の同級生である時の甲野じゅんだ。


この属性のじゅんも、初登場時は「ウェーイ」な若者だったのだが、実は深刻な悩みを抱えている。ネタバレになるので明言は避けるが、あまりにもやるせなく、悲しく、どうにもできない悩みだ。

幸か不幸か、このじゅんの悩みのおかげで、彼は消えなくなる。しかしりのは、じゅんが消える以上の悲しみと戦うことになる。

松居大悟の描く恋愛

(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会

松居大悟監督の作品は、暴走する童貞の恋ばかりを描いているわけではない。大人の恋を描いた作品にも、名作が多い。

『自分のことばかりで情けなくなるよ』(2013)、『ちょっと思い出しただけ』(2022)、『手』(2022)などは、何度でも観たい作品だ。

大人の恋を描く場合は、ややテイストが変わる。ギャグパートは少なくなり、セックスを匂わせる描写が増える。童貞にとっては空想の世界での出来事であるセックスが、現実のものとなっている。この違いは大きい。

『手』に至っては日活ロマンポルノ50周年記念プロジェクトの一環なので、そんなシーンの頻度も多く、描写もよりダイレクトだ。


ただ、童貞の恋を描いた時も、大人の恋を描いた時も、松居監督の作品を観た時の感情は一環している。

「恋愛は素晴らしい。でも恋愛は、本当に辛い。でもやっぱり恋愛は……」と、情緒がグルグルめぐりめぐる。


今作『不死身ラヴァーズ』も、恋愛の素晴らしさと恋愛の辛さがせめぎ合いながら押し寄せてきて、情緒を破壊される。がんばってもがんばっても報われない長谷部りのを見ていると、「もう恋なんてしたくない!」と思うかもしれない。

でも、エンドロールが終わって席を立つ頃には、どうしようもなく「恋がしたい!」と思っているはずだ。

(文:ハシマトシヒロ)

関連記事:『ちょっと思い出しただけ』で思い出す、古傷をえぐる映画4選

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

©2024「不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©️高木ユーナ/講談社

RANKING

SPONSORD

PICK UP!