続・朝ドライフ

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2024年05月22日

「虎に翼」男たちが出征していく「死ぬなよ 轟」<第38回>

「虎に翼」男たちが出征していく「死ぬなよ 轟」<第38回>


「木俣冬の続・朝ドライフ」連載一覧はこちら

2024年4月1日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「虎に翼」。

日本史上で初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。困難な時代に生まれながらも仲間たちと切磋琢磨し、日本初の女性弁護士となる“とらこ”こと猪爪寅子を伊藤沙莉が演じる。

ライター・木俣冬がおくる「続・朝ドライフ」。今回は、第38回を紐解いていく。

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私はいま私の話をしてるんです

1941年、真珠湾攻撃を指揮したことで有名な山本五十六海軍元帥は、1943年4月に戦死します。が、その死はしばらく伏され、国葬が行われたのは6月でした。

ラジオから国葬のニュースが流れている頃、直道(上川周作)に赤紙が来て出征が決まりました。
彼の「俺にはわかる」はいつだって反対になると猪爪家の人たちはわかっています。

寅子(伊藤沙莉)
のお腹の中の子は男の子だという予言には「女の子」であろうとツッこんだ寅子ですが、「日本は戦争に勝って 子どもたちにとって もっともっといい国になっていく」という予言については、誰も何も言いません。

日本は戦争に勝てなかった。その事実を視聴者は知っています。でも子どもたちにとっていい国になっていくかいかないか、それは令和のいまも課題であり、結果が出たわけではありません。だからこそ、なんとも皮肉だし、切ないセリフです。

「俺寝られるかな 花江ちゃんが隣にいなくて」という直道を抱きしめ、花江(森田望智)は悲しみを笑顔で押し殺そうとします。
ここは「スンッ」ではないけれど、泣いて喚いてこんな社会のせいとそしることなく、必死で笑顔になる花江。ゴムのように柔らかくしなやかな表情筋には、花江の生き方が滲みます。

そんな頃、寅子は母校で講演会を行うことになります。
久しぶりに来た母校で、楽しかった青春時代に思いをはせると、「もう私しかいないんだ」と孤独と重責が増すばかり。

それを桂場(松山ケンイチ)に「怒りが染み付いている」と指摘され、その途端、倒れてしまいます。
指摘した桂場が、怒りが染み付いているようなすごい顔をしていました。たぶん、これは、寅子がひた隠している感情を、桂場が鏡のように映し出しているのでしょう。松山ケンイチさん、すごい。

晴れ舞台に穴を開けてしまった寅子。
医務室で、穂高(小林薫)に妊娠を明かすと、仕事をしている場合ではなく、子を生み良き母になることを優先すべきと助言されます。

「雨だれ石を穿つだよ 佐田くん 君の犠牲は決して無駄にはならない」
「人にはその時代、時代の天命というものがあって」「君の次の世代がきっと活躍を」

100年先を見ようとしている穂高。彼はかつて、自分が雨だれになった体験があるのでしょうか。一方、寅子はまだ若い。私は天粒の一粒でしかないのか、無念のまま消えていくしかないのかと、自分の目標が実現できないことを悔しく思い、怒りを爆発させます。

「私は、いま私の話をしてるんです」

仕事も結婚も子育ても存分にしたいと願う、優秀で元気なご婦人方には共感しかないでしょう。いや、ご婦人方に限ったことではありません。例えば、いまは低賃金だけど、月1万円投資をしたら、30年後には資産が倍増するというような絵に描いた餅のような話に置き換えてみましょう。
30年後も大事だけれど、いま、いまの生活を充実させたいのです。「私は、いま私の話をしてるんです」と誰もが言いたくなるはずです。

また、穂高と寅子の会話を、戦争に行く男性たちの気持ちに置き換えてみることも可能でしょう。出征していく男性たちにはまさに「雨だれ石を穿つだよ」「君の犠牲は決して無駄にはならない」「人にはその時代、時代の天命というものがあって」「君の次の世代がきっと活躍を」という言葉をかけるしかないでしょう。

寅子も、直道も、轟も、なぜ、なんのために、自分の人生を、命を、犠牲にしないといけないのか。この問題を、物語の舞台になっている戦時中の状況と直接的に重ね合わせて描かないところに工夫を感じます。寅子の心身を襲う大きなストレスは、仕事と結婚と妊娠のみならず、戦時中であることのストレスもあるはずですが、そこには触れない。

女性を登用したのも、民事の案件が減っていることも、戦争と無関係ではないはずで、状況が違えば、寅子やほかの女性たちにももっと可能性があったかもしれないけれど、そういうことは、さらりと背景として描き、ただ、寅子の生きがいや望みにフォーカスします。

優三(仲野太賀)と約束したように、こっそりおいしいものをふたりだけで食べて気を紛らわせながら寅子は「なんで私だけ、なんで私だけ」と心で悔しさを募らせます。
そのとき、「なんで私だけ」の声は、テレビを見ている多くの「私」に接続し、増幅し、拡散します。

やがて、轟(戸塚純貴)にも赤紙が来て、佐賀に帰ると言います。
よね(土居志央梨)はただ一言「死ぬなよ、轟」。ほんとそれ。
轟は、これから戦争に男性が駆り出されたら、寅子の仕事がもっと増えていくと託すように去ります。

ところが、穂高が寅子が貧血で倒れたことを、わざわざ雲野(塚地武雅)に伝えにきます。まるで寅子に仕事を休ませようとするように。

穂高というキャラクターがとてもおもしろい。一見、いい人に見えますが、法廷劇のときは、ヤジを飛ばす男子学生を放置したし、今回は、わざわざ報告に?

悪意ではないし、善意でもなさそうで。まるで不条理な世の象徴のような人であります。
小林薫さんはあたかも生活者のごとく存在しながら、暗喩のような役割を演じています。通俗と詩の世界が重なった作家・唐十郎さんと芝居をやってきた俳優だからこそでありましょう。

穂高の存在は、優三の言った、人間にはいい面もあれば悪い面もあるそのもの。

どうするべきか、何を選択すべきか、つねに考え、より良いおとしどころを探っていくことが生きること。

朝、さわやかに気分よく、の時代ではもはやなく、人間とは何か、深く思考する時代なのです。ああしんど。


(文:木俣冬)

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