映画コラム

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2019年12月06日

『アイリッシュマン』、スコセッシ監督作品の5つの傾向と対策

『アイリッシュマン』、スコセッシ監督作品の5つの傾向と対策



宗教と信仰に根差した
スコセッシ映画の真髄


さて、スコセッシ映画というとどうしてもヴァイオレンスのイメージが強いのですが、実は若き日の彼はカトリックの司祭を目指していたという意外な事実があります。

そんな彼がイエス・キリストをモチーフにした映画を撮るのは宿願でもあり、それが『最後の誘惑』(88)として実を結びます。

最後の誘惑 (字幕版)



しかしこの作品、ギリシャの哲学者ニコス・カザンザキスの『キリスト最後のこころみ』を原作に、キリスト(ウィレム・デフォー)を迷える“人間”として描き、さらには彼を陥れたユダ(ハーヴェイ・カイテル)の裏切りは“神の使命”であったという解釈がなされていました。

それは十字架に架けられたキリストが見る「マグダラのマリア(バーバラ・ハーシー)と結婚して多くの子供を産み、人として死んでいく」という幻覚=悪魔からの最後の誘惑に対し、ユダが「せっかく俺がお前のために裏切ってやったのに、どうして昇天しないのだ!?」とでもいった檄が飛ぶのです。

こういった解釈はいくつものキリスト教関連団体から非難され、上映反対運動も起きたほどでしたが、人間が神になる試練が肉体的のみならず精神的にも暴力の苦悩を伴うことにこだわるあたりは、やはりスコセッシ映画ならではとも思えます。

一方、彼はキリスト教とは真逆ともいえるチベット仏教の最高指導者ダライラマ14世が1950年に始まる中国のチベット侵攻に伴う混乱の中、59年にインドへ亡命するまでの若き日の半生を描いた『クンドゥン』(97)を発表しています。

出演者の大半は俳優ではなく亡命チベット人で、政治的理由でチベットでの撮影は当然不可能なので(本作は今なお中国での上映は禁止されています)、何と『最後の誘惑』と同じモロッコ・ロケで主な撮影を敢行。

キリスト教と仏教の映画を同じロケ地で撮るという行為もまたスコセッシの宗教観を表しているような気もします)。

『最後の誘惑』の厳しさに比べて、こちらは非情な歴史劇の中にも信仰的慈愛がひしひしと感じられる作品になっています。

血と暴力に満ちたスコセッシ映画を見慣れた目には、この2作は一見意外に思えつつ、よくよく捉えていくと実にスコセッシ映画の本質を突いたものに成り得ているような気もしてなりませんし、救えなかった患者の幽霊に悩まされる救命士(ニコラス・ケイジ)の苦悩を描いた『救命士』(00)も、この系譜の中に入れられるかもしれません。

最近も日本における隠れキリシタンを題材にした『沈黙―サイレンス―』(16)を発表しているスコセッシ、新作『アイリッシュマン』も、最後に信仰のエピソードが描かれていきます。

映画遺産の保護と
映画へのリスペクト


マーティン・スコセッシが月日とともに劣化していく映画フィルムの保護運動などに尽力していることは映画ファンには周知の事実ですが、幼いころから古今東西の映画に親しんできた彼は『マーティン・スコセッシ 私のアメリカ映画旅行』(95)『同 私のイタリア映画旅行』(99)といったドキュメンタリーを監督したり、映画史探究的な作品にも数多く出演しています。
(2015年の『ヒッチコック/トリュフォー』や、2016年に作られた高倉健のドキュメンタリー映画『健さん』にも顔を出してましたね)

出演といえば、敬愛する黒澤明監督作品『夢』(90)にゴッホの役で出ています。日本の映画ファンとしては嬉しい映画史の1ページです。

夢



『ハスラー2』(86)など名作映画の続編や、J・リー・トンプソン監督のスリラー『恐怖の岬』(62)をリメイクした『ケープ・フィアー』などの再映画化作品にも果敢に挑戦しています。『インファナル・アフェア』をリメイクした『ディパーテッド』は、外国映画をリメイクしたアメリカ映画としては初のアカデミー賞受賞作品となりました。

映画技術の躍進にも興味を示し続ける彼は3D映画も大好きで、『ヒューゴの不思議な発明』(11)を3D映画として発表しましたが、これは映画草創期に活躍したジョルジュ・メリエス監督を題材にしたもので、3D効果も他の追従を許さないほど優れたものでしたが、それ以上に最新の3D技術を駆使して(しかも初のデジタル撮影で)映画の始まりの時代を描こうという試みに、スコセッシの深い映画愛が感じられてなりません。

このようにざっと駆け足で追ってきたマーティン・スコセッシ監督作品。何せ数が多いだけにいきなりすべてを見るのは大変でしょうが、やはり『アイリッシュマン』およびロバート・デ・ニーロとのコンビ作あたりから始めてみるのがよろしいかと思われます。

(文:増當竜也)

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