2022年02月12日

『リング・ワンダリング』笠松将が巡る幻想世界から現代社会の喪失が浮かび上がる理由

『リング・ワンダリング』笠松将が巡る幻想世界から現代社会の喪失が浮かび上がる理由


金子雅和監督のネイチャー感覚を体現する笠松将


(C)kinone

本作の金子雅和監督は数々の短編映画を経て2016年に『アルビノの木』で長編映画監督デビューを果たした俊英ですが、時間のある方はぜひともこれをご覧になってから本作を見ていただくと、より彼独自の世界観が理解できるかと思われます(U-NEXTやHuluなどで配信中)。

『アルビノの木』は害虫駆除の仕事をしている主人公と、人間の都合で害獣とされた異種の鹿との対峙を、圧倒的かつ濃密な色彩に基づく山間の大自然描写を以って描いたネイチャー感覚あふれる静謐な作品で、まさに戦争のない『ディア・ハンター』とでもいった味わいに満ちた秀作でした。

そして本作はそうしたネイチャー感覚をさらに明快なドラマ性をもってた高め上げながら、人と動物と大自然、時代の推移、変わっていくものと変わらないもの……などなど、生きとし生ける存在すべてをリスペクトしたエンタテインメントとして見事に昇華させています。



そして今回、そんな金子監督の想いを真摯に体現してくれるのが、漫画家志望の主人公青年・草介を演じる笠松将です。

現在の若手スターを多数輩出したことでも知られる金子修介監督の『生贄のジレンマ』(13)で本格デビューを果たし、以後もコンスタントに活動を続けながら実力を身に着け、2019年度は映画&ドラマの出演本数が20代男優ナンバー1に!



近年も映画『花と雨』(20)や『ファンファーレが鳴り響く』(20)『君は永遠にそいつらより若い』(21)『DIVOC12』(12)、ドラマ「君と世界が終わる日に season2」(21/Hulu)、「全裸監督2」(21/Netflix)「青天を衝け」(21)「ムチャブリ!わたしが社長になるなんて」(22)などで俄然注目株の彼、4月からはWOWOWとハリウッドの共同制作ドラマ「TOKYO VICE」(製作&第1話の監督はマイケル・マン!)にも出演。

一見ナイーヴな趣の中にどこかしら危うさも秘めながら思い詰めているかのような情緒がどこへ向かうのか、一度見ただけで放っておけなくなるような個性は、本作においては漫画家という夢の実現に向かうもなかなか思い通りにいかない若者のならではの焦燥であったり、一方ではそんな彼ゆえに不思議な世界へ迷い込むことで情感と意欲を取り戻していく過程なども実にスムーズに伝わってくるのでした。



彼を導く阿部純子の凛としつつもどこかはかない雰囲気も大いに世界観に貢献しており、また彼女の親に扮する安田顕&片岡礼子が醸し出す絶妙の安心感が映画そのものに安らぎをも与えてくれています。

特に草介と一家が土壌鍋を囲むシーンは、劇中でも白眉のひとつといえる名シーンとして大いに讃えたいところ。
(食事シーンが美味そうに思える映画は、不思議ながらも往々にして出来が良いもので、本作も例外ではありません)



また、草介が描く漫画世界内の主人公マタギを演じる長谷川初範は『アルビノの木』に続いて金子作品になくてはならない代弁者のひとりとして屹立しており、ニホンオオカミを追い続ける彼の執念もまた、巧みに草介の漫画にかける執念や焦りなどともリンクしているかのようです。

現実と幻想の世界の往来は、いつしか秀逸なタイムリープSFを見ているかのような錯覚にとらわれるほどに見事な、まさに「あっ」と声が出てしまいそうなほどに驚嘆のクライマックスとラストへ導かれていきますが、そこを語ってしまうのはあまりにも野暮。



ここはひとつ、実際に映画館へ赴いて、その目で主人公と同化したつもりで“リング・ワンダリング”をご堪能ください。

なお本作は第37回ワルシャワ国際映画祭国際コンペティション部門エキュメニカル賞スペシャルメンション、第52回インド国際映画祭国際コンペティション部門金・孔雀賞(最高賞)を受賞。

こうした国際的な高評価がそのまま日本国内にも飛び火し、多くの映画ファンに認知されることを祈ってやみません。

(文:増當竜也)

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