新海監督の“現在地”を解説「セカイ系」を更新し、さらに進化した優しい作家性とは



賛否両論を呼んだとしても、それでもなお作家性を打ち出す姿勢

(C)2016「君の名は。」製作委員会

新海監督は「自分のために作るのではなく、観客に観ていただきたくて作る」「作品を通して観客とコミュニケーションをしたいというのが僕の根本の創作の動機」であると、はっきり口にしている。そこには「批判を受け入れる」「賛否両論になることもありがたいと思う」などと、観客からのネガティブな反応をも自身の創作の「糧」とする意志が込められている。

そして『天気の子』からは「観客とコミュニケーションをしつつ、もちろん批判や賛否両論を受け止めつつも、それでも自身の作家性を前面に押し出す」というフェーズに入っている。何しろ、種々のインタビューにおいて「今回の『天気の子』は賛否両論になる」と、新海監督はその公開前から宣言していたのだから。

その「賛否両論を呼んでもいい」と考えるようになったきっかけは、新海監督自身が『君の名は。』について「確かにそういう見方もできる」と納得できる批判を見かけた時のこと。その批判とは、「災害をなかったことにしてしまう映画だ」ということだった。

(C)2016「君の名は。」製作委員会

この批判は、筆者個人としても正当な意見であると思う。『君の名は。』で紡がれたのは、巨大災害によって女の子とその村に住む人々がみんな死んでしまうという、過去の運命を変える物語だ。『君の名は。』は東日本大震災があったからこそ生まれた作品であるともよく語られており、実際に新海監督もその現実の巨大災害を意識しつつも、死んだ人を生き返らせるというわけではなく、誰かを救いたいという「強い願い」を描くつもりの作品だったとも語っている。

だが事実として、現実では災害により、またそれ以外の理由でも死んだ人が生き返ることは絶対にない。『君の名は。』のファンタジーは、現実で大切な人を亡くした人にとっては、生きる希望にはならない。悪い意味での絵空事に思えてしまうかもしれないのだ。

(C)2019「天気の子」製作委員会

だが新海誠監督は、その批判にショックを受けた上で「怒らせる人をもっと怒らせる映画を作るべきだ」という、ある種の振り切った考えに到達し、まさに『天気の子』の終盤では賛否両論も上等だと言わんばかりの展開を用意した。それは「怒らせたということは、その人の何かを突き動かしたということだ」という視点に起因している。過去には『星を追う子ども』で自分の作家性を極端なまでに弱くしていたこともあった新海監督が、「それでもなお、自分はこの物語とメッセージを示したい」という意志を貫くようになったことも感慨深く思うし、それは創作物の作り手として、間違いなく正しい姿勢だ。

また映画に限らず世の中の創作物は、喜びだけでなく、悲しみや苦しみ、時には一般的な倫理観を超えた個人のエゴ、あるいは恐怖や悪意を描くこともままある。道徳的に正しいことを描くことが創作物の役割ではないし、そうしたさまざまな感情を強く呼び起こせるというのは、作品の持つ力だ。そして、作家はある種のエゴイスティックなまでの作家性を打ち出してこそ、人の記憶に強く残る作品が生み出せるのではないか。だからこそ、その新海監督の意志を強く支持したいのだ。

(C)2019「天気の子」製作委員会

とはいえ、新海監督は個人の作家性、転じてエゴを貫くだけでなく『君の名は。』ではスタッフやプロデューサーとの意見交換、脚本のブラッシュアップを丹念に行ったようにしっかり他人の意見を聞き作品に取り入れるという視点も忘れてはいない。『天気の子』では脚本の当初では決まっていなかったラストが、RADWIMPSの「大丈夫」という歌があったからこそ、まさに若者に「大丈夫だ」と訴えるものに決定したこともあった。そのバランス感覚も、国民的アニメ映画監督として、引き続き支持を得ている理由なのではないか。

恋愛だけでなく、出会いそのものを肯定している

新海監督はその作品のほとんどでボーイ・ミーツ・ガール、若い男女の恋愛を描いているが、もっと広い意味での「出会い」そのものを肯定する作家とも言える。何しろ、その出会いの状況を描く理由について以下のように語っているのだから。

「いつまでも今のままの自分でいたいと思っている人って、多くはない気がします。自分はこう変わりたい、こういう人生を送りたいという気持ちを、皆切実に抱えていると思うんです。それらを叶えてくれるものは、他者との出会い以外にありえないのではないでしょうか。自分1人で内発的に人生を変えていくことは難しいと思います」
「新海誠の世界 時空を超えて響きあう魂のゆくえ」榎本 正樹 著 KADOKAWA 394Pより

新海監督自身、多くのスタッフやキャストとの出会いがあってこそ、アニメ映画を完成させることができている。そうでなくても、あらゆる仕事に従事している、自分自身の人生を生きていれば、多かれ少なかれ誰かの出会いがあってこそ「今」があるという方は多いだろう。現状に不満を持っている人も誰かと出会うことを目指し、そこから希望も得ることだってできるはずだ。

その出会いは、一生を添い遂げるパートナーとまではならないかもしれないし、時にはその後にずっと離れ離れになってしまうかもしれない。だが誰かの出会いそのもの、そして別れたという経験もさえも含めて、一生の財産になるということも人生にはままある。さらには出会いだけでなく、ひいてはどんな人生の選択肢も、あるいは「こうだったかもしれない」全ての可能性をも肯定できるような、人生への「讃歌」と言えるほどの優しさを、新海監督作から受け取ることができる。

そして「こういう人生を送りたいという切実な気持ち」を、特に少年少女のイノセントとも言える心情にも寄り添いつつ、恋心をや誰かを救いたいという意志をも含めて作品内で肯定することこそが、新海監督の作家性の真骨頂であり、そして優しさであると思う。たとえ劇中で提示されるのがファンタジーであったとしても、その「気持ち」そのものは現実でもフィードバックできる、大切なものになるはずだ。

『すずめの戸締まり』と今後の展開への期待

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

2022年11月11日(金)より公開となる新海監督最新作『すずめの戸締まり』の内容を、新海監督はTwitterで次のように簡潔に記している。

「列島各地に開いてしまう、災いの扉。主人公の鈴芽(すずめ)がその扉を閉めて旅をするロードムービーであり、現代の冒険物語であり、彼女がある存在と共に戦うアクションムービーでもあります」

これまでの新海監督作品は、少年少女の相互的な揺れ動く気持ちや恋心を描いていながら、どちらかといえば少年側の視点を物語の主軸にすることが多いように思えた。一方で今回のポスターでは少女だけが中心にいるため、少女のみを主体とした物語になるのではないかという印象も持つ。「ロードムービー」とはっきり銘打たれているのも新機軸だろう。

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

また新海監督はほぼ一貫して若い男女の恋愛を描いており、それはそれで作家性を貫く姿勢として良いのだが、前述した通りもっと広い「出会い」を描く作家とも言える。そのため筆者個人としてはそれだけを描き続けてしまうのも少しもったいない、男女の恋愛以外の物語もやってみてもいいのでは?と思うところもあった。今回の『すずめの戸締まり』は予告編やその触れ込みから、少しこれまでとは離れた印象を受けるので、その点でも新機軸を期待できる。

事実、『すずめの戸締まり』は「女の子同士のロードムービー」にする案もあったそうだが、プロデューサーに「それまだ早いのでは」と止められたということも、Twitterのスペースで語っていた。今回もやはり男女の恋愛を描いた内容であるかもしれないが、その言葉を鑑みれば、今後は女の子同士の友情や、転じて「百合」だって期待できるだろう。

コロナ禍で生きる若者へエールを送る内容かもしれない

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

『すずめの戸締まり』は「災いの扉」というモチーフから、おそらくは現実の新型コロナウイルスのパンデミックを反映した作品になるのではないか、ということも予想される。事実として『君の名は。』は東北大震災という出来事を明確に反映しているし、『天気の子』は想定していなかったとはいえ、その後のコロナ禍の今の世を想起させる「世界が一変した様」が描かれていたりもしたのだから。映画は時代を映す鏡だと良く言うが、まさに新海監督作はリアルタイムで追うことに意義のある、まさに現実の今の「世界」を見据えた作家と言えるだろう。

そして、新海監督はそれぞれの作品で「強い願い」を描く様、はたまた(すれ違いがあったとしても)かけがえのない出会いやコミュニケーションを肯定し、若者に希望や勇気を与えていることに、やはりとてつもない優しさを感じる作家でもある。

さらに新海監督は「思春期のころの自転車での帰り道、山の後ろに沈んでいこうとする夕日を見て、理由もなく涙を流してしまったことがあった」「美しい風景を見れば、人は優しい気持ちになれるんじゃないか」と語ったこともある。物語はもちろん、美しいアニメーションという媒体そのもので、若者に大きな感動を与えるということはなんと尊く素晴らしいことだろうか。

『君の名は。』で誰かを救いたいという強い願いを肯定し、『天気の子』ではそれらに加えて「大丈夫」だというメッセージを掲げたように、今回もファンタジーをもってしてまだまだ続くコロナ禍の現実に生きる若者たちに、大きなエールを送る作品になっていることだろう。

(文=ヒナタカ)

参考記事:
https://www.anikore.jp/features/shinkai_2_6/
星を追う子どもは、ジブリに影響を受けたか? - 新海誠インタビュー【あにこれβ】
https://www.cinematoday.jp/interview/A0006781
『天気の子』新海監督 単独インタビュー|シネマトゥデイ
https://moviewalker.jp/news/article/200868/
『天気の子』新海監督が明かす“賛否両論”映画を作ったワケ、“セカイ系”と言われることへの答え|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
参考図書:
「新海誠の世界 時空を超えて響きあう魂のゆくえ」榎本 正樹 著 KADOKAWA

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