映画を愛した男・西田敏行、そのもう一つの代表作──森崎東監督『ロケーション』を観る

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1984年公開の映画『ロケーション』は、いま観ると少し驚かされる。

ピンク映画のロケ隊を主人公にした喜劇──そう聞くと、どこか軽いお色気コメディを想像してしまうかもしれない。

だが、森崎東監督が撮り上げたこの一本は、もっとずっと“人間くさい”作品だ。

そして、その真ん中にいるのが、小田辺子之助、通称“べーやん”を演じる西田敏行。

庶民の生活や小さな幸福を大きなドラマに変えてきた俳優が、ここではピンク映画のカメラマンとして、笑いとほろ苦さと、どうしようもない優しさを体現している。

サブスク配信によって改めて触れやすくなった今こそ、『ロケーション』と西田敏行という名優の魅力を、じっくり味わってみたい。


ピンク映画ロケ隊が走る、映画づくりの“戦場”としての『ロケーション』

『ロケーション』は、ピンク映画のスチールカメラマン・津田一郎の著書『ザ・ロケーション』を原作にした一本だ。

原作者本人が、実際の現場で見てきた “ドタバタ” をベースにしているだけあって、映画は最初から最後まで、現場の汗と混乱の匂いが濃い。

物語の中心にいるのは、ピンク映画のカメラマン・小田辺子之助(べーやん)。
主演女優であり妻でもある奈津子が、自殺未遂を起こしてしまったことで、ロケ隊は早々に暗礁に乗り上げる。

撮影は止まったまま、スケジュールと予算だけが容赦なく減っていく。

そんな中、ロケ地として借りた連れ込み宿で働く掃除婦・笑子を、べーやんたちは半ば強引に代役としてスカウトしてしまう。
戸惑いながらもカメラの前に立つことになる笑子。
撮影が再開したのも束の間、今度は監督が倒れ、笑子は「故郷の福島・湯本に墓参りに帰るから、もう降りたい」と言い出す。

それでも、映画は止められない。

脚本家の紺野、チーフ助監督のダボらとともに、べーやんたちは “それならいっそロケ先を笑子の故郷にしてしまえ” と、ロケバスごと福島へ向かう。
現地に着いてからも、撮影しながら脚本は書き替わり、アイデアと勢いと、ほとんど無茶だけで一本の映画を仕上げようとする──。

湯本温泉や常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワイアンズ)に広がる風景は、単なる“背景”にとどまらない。現場でいままさに撮られているピンク映画と、そこに紛れ込んだ人々の生活が、次第に溶け合っていく。

映画の中の“作り物の物語”と、登場人物それぞれの現実が寄り添ったり、ぶつかったりするたびに、『ロケーション』そのものが、ひとつの大きな人生劇場に見えてくる。


小田辺子之助という男に託された、西田敏行の“映画を愛する心”

そんな騒々しいロケバスの真ん中で、常に身体を張っているのが、べーやんこと小田辺子之助だ。
べーやんは、決して立派なヒーローではない。

妻・奈津子に頼りきりで、仕事にも家庭にもだらしない部分を抱えている。

酒は飲むし、場当たり的だし、いつだってバタバタしている。それでも、カメラを構える時だけは、どうしようもなく真剣だ。
低予算だろうが、ピンク映画だろうが、「映画は映画だ」と信じてシャッターを切り続ける。

この「ダメなところを全部さらけ出した上で、それでもどこか愛さずにはいられない主人公」をやらせた時の西田敏行は、やはり圧倒的だ。
怒鳴ればコミカルで、ふと黙れば寂しさが滲む。
笑子に向ける視線には、仕事として女優を見る冷静さと、ひとりの人間として彼女の過去を思いやる優しさが同居している。
奈津子への複雑な感情も、口数の少なさや視線の揺れで伝えてしまう。

『池中玄太80キロ』シリーズで見せた、不器用で情に厚い男の魅力。
『釣りバカ日誌』シリーズのハマちゃんでおなじみの、豪快さと小心者が同居するキャラクター。
そして、『敦煌』『学校』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した時の、人生の機微を抱え込んだ眼差し。

『ロケーション』のべーやんには、そうした西田敏行の代表作で培われた “人間を丸ごと抱きしめるような演技” が、ぎゅっと凝縮されている。
ピンク映画という少し特殊な現場を舞台にしながらも、そこで働く人たちを決して笑いものにせず、むしろ誇りを持って描いているのは、彼自身の「映画への愛情」そのもののようにも思える。


大楠道代、美保純、竹中直人…“現場の顔ぶれ”が生むリアリティ

『ロケーション』の濃密さは、西田敏行ひとりの力だけではない。

どこを切り取っても、現場の空気を知り尽くしたキャストたちが、画面をぎっしりと埋め尽くしている。

べーやんの妻であり、ピンク映画のスター女優でもある奈津子、そして別の顔を持つテル子の二役を演じるのは、大楠道代。

生活感と妖艶さ、そのどちらもを併せ持つ彼女の存在感が、べーやんの人生を一段とややこしく、そして豊かなものにしている。
疲れたような微笑みの奥に、女優としての矜持がちらりとのぞく瞬間は、本作の大きな見どころだ。

連れ込み宿の掃除婦から代役女優へと“抜擢”される笑子を演じるのは、美保純。

水着姿で走り回り、ドタバタと騒ぎ、時に涙を見せながらも、どこか無邪気さを失わない。
その体当たりの演技は、ピンク映画の現場が持つ猥雑さと、笑子自身の人生の切実さを同時に浮かび上がらせる。

脚本家・紺野役の柄本明は、ふてくされたような、どこか醒めたような表情でロケ隊に付き合いながら、作品への執着を隠しきれない男を飄々と演じる。

そして、チーフ助監督・ダボを演じる竹中直人は、本作が一般映画デビュー作。まだ若い竹中が、ロケ現場を走り回る助監督として、すでに濃いキャラクターを全身で体現しているのも楽しい。

監督の原を演じる加藤武、

照明・撮影スタッフたちを演じる佐藤B作、大木正司、草見潤平たち。

さらに、保母さん役の和由布子、男優役の角野卓造、花王おさむらが揃い、スクリーンの隅々まで “日本映画の現場で鍛えられた役者陣” がひしめいている。

こうしたメンバーを束ねるのが、『喜劇 女は度胸』や『生きてるうちが花なのよ、死んだらそれまでよ党宣言』などで知られる森崎東監督。

低予算映画の現場を題材にしながら、そこに働く人たちの矜持や哀しみを、笑いとともにすくい上げる手つきは、まさに森崎作品ならではだ。


『ロケーション』という一本で、もう一度“西田敏行”に出会う

『ロケーション』は、華やかな大作でも、胸を打つ感動巨編でもない。

ロケバスと温泉街と、撮影に追われる人々の日常を描いただけの、こぢんまりとした一本かもしれない。

それでも、この映画には、映画づくりの現場を生きる人たちの息遣いと、その中で生きてきた俳優・西田敏行の魅力が、確かに刻まれている。

  • ダメで不器用なところも含めて、全身で笑わせてくれること。
  • ふとした視線の揺れや、沈黙の数秒で、登場人物の人生を感じさせてしまうこと。
  • どんなに小さな役でも、「この人はこの作品世界でちゃんと生きている」と思わせること。

小田辺子之助という男には、そんな西田敏行の“役者としての凄み”が、ぎゅっと詰まっている。

サブスクで手軽に観られるようになった今こそ、ロケバスに揺られるべーやんたちと一緒に、映画づくりの喜びと苦さをもう一度覗き込んでみてほしい。

そこには、スクリーンの向こうで私たちの心を照らし続けてきた、西田敏行という名優の面影が、たしかに息づいている。

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『ロケーション』
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