『ズートピア』解説、あまりにも深すぎる「12」の盲点
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さらなる『ズートピア』の魅力や、もっと楽しく観ることができるトリビアをまとめてみます!おまけその1:“警察バッジのシール”の意味とは?
ジュディはアイス屋の外で、ニックの詐欺仲間のフィニック(見た目はゾウの着ぐるみを着ている子供)に警察バッジの形をしたシールをつけてあげていました。そのシールには「JUNIOR ZPD OFFICER(子供ズートピア警察官)」と書かれているのです。その後、警察バッジのシールはフィニックから「脱税を指摘されて捜査に協力するしかなくなった」ニックに渡り、ニックはシールをつけたままジュディと行動を共にします。カワイくてしょうがないのが、ライオンハート市長を逮捕した時のこと。ニックは胸につけていたそのシールを「俺も警察官なんで」と言わんばかりに、軽く服を引っ張って見せつけていました。
思えば、ニックは幼い頃に意気揚々とジュニア・スカウトの一員になろうとしていたのに、他の草食動物の子供たちから無理やり口輪をつけられてしまうという、ひどい差別を受けていました。子供の頃の憧れを無残にも否定されていたニックにとって、“子供用”の警察バッジのシールは、その時の傷を癒してくれた、本当に嬉しいものだったのかもしれません。
しかし、肉食動物への迫害のきっかけとなってしまったジュディの会見の直後に、ニックはシールを地面に捨ててしまっていました。ニックはまたも差別意識によって、子供の時のように裏切られてしまったのですから、それも当然です。
そのニックは、過ちを認め謝ってくれたジュディを許します。そして、最後に子供用のシールではない、本物の警察官のバッジを手にれて、ジュディとまたコンビを組むことができるのです。バッジというアイテムでも、ニックにとってのハッピーエンドを表していたのですね。
ちなみに、この子供用の警察官バッジのシールは、Blu-rayに収録されている“未公開シーン”にも登場しています。そちらでは(本編ではわからなかった)“ジュディが警察官を目指すきっかけ”が語られていたりもするので、ぜひご覧になってみてください。
おまけその2:パロディがたっぷり! 最も似ているのはあの映画?
『ズートピア』には有名作品のパロディ、及びディズニー作品の小ネタが隠されています。例えばMr.ビッグの外見や、「娘の結婚式の日に良くない話をしてしまう」こと、手の甲にキスをするシーン、結婚パーティの様子や写真撮影の時の画は『ゴッドファーザー』ほぼそのままだったりします。終盤で薬を生成する羊が黄色いつなぎを着ているのはドラマ『ブレイキング・バッド』のパロディですね。
ボゴ署長がジュディに「ありのままに(Let It Go)」と告げるのは、言うまでもなく『アナと雪の女王』イジり。その他の『アナ雪』のパロディや、『ベイマックス』や『塔の上のラプンツェル』のネタはBlu-rayの特典映像でも確認できますよ。
さらに、ジュディがズートピアにやって来た時に聴いていた曲のアーティスト名のリストも、イタチのウィーゼルトンが売っている海賊版のタイトルも実在するもののパロディになっています。一時停止をして確認すると、きっとニヤニヤできるでしょう。
他にも“レミング・ブラザーズ”という名前の銀行で働くレミングたちが、ニックが売っているアイスを盲目的なまでに次々と食べるというのは、現実に起こったリーマンショック(リーマン・ブラザーズ)のメタファーですね。
また、明確にパロディと呼ぶべきではないでしょうが、「凸凹コンビが初めはいがみ合っていたけど、捜査をしていくうちに次第に上手く連携していき、友情を育むようになる」というのは『48時間』をはじめとしたバディ・ムービーも彷彿とさせます。
そして、数ある映画の中でも『真夜中のカーボーイ』は、『ズートピア』の物語にかなり似ていると言えるのではないでしょうか。
『真夜中のカーボーイ』の、「若者が田舎から都会に出てきたものの、ちっとも上手くいかず、あまつさえ詐欺師に騙されてしまうが、その詐欺師とコンビを組むことになる」という序盤のあらすじは『ズートピア』とほぼ同じで、「ラジオを聴いて落ち込んでしまう」というシチュエーションもそっくりだったりします。
都会にやってきた若者(少女)が現実と理想とのギャップに苦しんでしまうという点では、『魔女の宅急便』を思い出す方も多いのかもしれませんね。
おまけその3:最大の魅力は“アニメでしかできない”ことだった?
『ズートピア』 が描いているのは、これまで書いてきた通り、普遍的に存在する差別や偏見の問題、そして多様性の素晴らしさです。そのことを、“アニメでしかできない”表現で、説教くさくならずに訴えられていること……これこそが、本作の最大の魅力であると言ってもいいでしょう。具体的には、ジュディがズートピアにやってきた時のことです。砂漠の地域、雪の降る寒い地域、熱帯雨林の地域などを次々に見せることによって、かつて肉食動物と草食動物が二分していた頃とは違い、それぞれが過ごしやすい場所に“住み分け”がされていることがわかります。(しかもヤシの木や雨を降らせる装置などが人工的に作られていて、発達した技術でそれぞれの理想的な地域が創造されていることも伝わります)
さらにズートピアの駅では、泳いで通勤をしているカバたちのための空気で水を飛ばす装置、ネズミ(レミング)たちのためのパイプ、背の高いキリンが飲み物を手に取りやすくなっているお店と、それぞれの特徴に合わせた“バリアフリー”が行き届いています。
その後も、キリン用と思しき背の高いクルマがあったり、ネズミたちのミニチュアサイズの街でのアクションがあったり、ヌーディストの集まりの出口の扉が明らかに“小さい動物用”と“大きい動物用”それぞれが使いやすいようになっていたりと、やはりバリアフリーが行き届いている描写ばかりです。
それぞれの動物の特徴を“大きさ“まで再現したこと、その大きさに対応した社会は、まさにユートピア(理想郷)に思えます。こうした画の説得力だけで、多様性の素晴らしさをこれ以上なく表しているのです。同時に、それはアニメという表現方法、ファンタジーの世界観でしか成し得ないものなのは、言うまでもありません。
おまけその4:元々の物語はもっとネガティブなものだった?
実は、この『ズートピア』の物語はかなり難産で、初期のプロットから大きく変わっています。元々はジュディではなくニックを主人公にした物語で、ズートピアでは捕食者となる肉食獣に、強制的に興奮を抑制する首輪がつけられるという、とても理想郷が舞台とは言えなくなってしまう設定もあったのだそうです。そのように過度にネガティブで、世界のシステムそのものの問題を描いていたプロットを完全に削除し、個人に根付く差別意識や偏見を描く方向に転換したというのも、完成した『ズートピア』の物語の鋭いところの1つと言えるでしょう。(ジュディが行なった会見のように)“正しい”と思っていたはずの個人の感情や発言も、新たな差別意識を呼ぶこともあると訴えられているのですから。
その5:近年のディズニー作品における多様性の描き方とは?
ディズニーは『プリンセスと魔法のキス』において、黒人の女性を主人公にして、その夢もお姫様ではないという“脱プリンセス”の物語を世に送り出しました。その精神性は『アナと雪の女王』や『マレフィセント』にも受け継がれており、今までとは違う、現代ならではの価値観を提供するという気概に溢れていました。近年でも、『シンデレラ』では黒人俳優を配役したり、『美女と野獣』ではLGBTのキャラクターを登場させ、『ローグワン/スター・ウォーズ・ストーリー』や『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』ではアジア系の人物が大活躍するなど、ディズニー傘下の映画は積極的に多様性を訴えている作品づくりをしています。『ズートピア』の物語は、その精神性の源流を作ったと言っても過言ではないでしょう。
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「多様性は素晴らしいものであり、我々はそれが尊重される社会を目指していく必要がある。だけど、時には悪意なく差別意識や偏見を持って、誰かを傷つけてしまうこともある。その間違いを認めて、少しずつでも理想的な世界を目指そう」
……そのメッセージを掲げている『ズートピア』、それが作品づくりそのものに表れている、近年のディズニーが大好きで仕方がありません。
今後とも、『ズートピア』の精神を受け継ぐ、後世に語られる名作が生まれることを期待しています!
(文:ヒナタカ)
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