あなたはいくつ知ってる?2021年公開ミニシアター系映画ベスト10
第3位:『空白』@角川シネマ有楽町
映画『ヒメアノ~ル』の吉田恵輔監督によるオリジナル脚本作品である『空白』。古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、寺島しのぶと、豪華俳優陣が名を連ねる。スーパーで万引きしようとした女子中学生・花音(伊東蒼)。そのスーパーでは頻繁に万引きが起こっていたようで、見かねた店長・青柳直人(松坂桃李)はその女子中学生のことを必死に追いかけ、あと少しで追いつくというところでなんと彼女は車に轢かれてしまう。うん。あらすじだけでもわりとしんどい。
事故と言うには花音サイドが不憫すぎるし、事件と言うには店長サイドがかわいそうすぎる。そこに切り込んでくるのが花音の父・添田充(古田新太)なのである。
もうこの古田新太、いや、充の狂乱度合いが異常で、そこらへんのホラー映画なんかよりも怖い。もちろん、娘が死んでしまっている(当人としては当時”殺された”気持ちでいる)のだから同情はする。するけれども!にしても!ヤバさが限界突破しすぎている!!…「こんなんなら殺されたほうがましだ」と思ってしまうほどに、精神的にじわじわと追い詰めてくるモンスター父親・充の恐ろしい形相が頭から離れない。
これを受けて、ありえない程の生き地獄を味わうことになる店長は気の毒なんてもんじゃないし、その周囲でうろちょろとするーー無論本人としては助けを差し伸べているつもりなのだがーースーパーの店員・草加部麻子(寺島しのぶ)も相当にイタイ。
深海の渦に飲み込まれてしまうような展開が続く分、終盤では観ている誰もが温かい涙を流すだろう。その人にとっては何気ない言葉が、誰かにとっては助け船だったりするーーそんなラストシーンを経てはじめて「この映画を観てよかった」と感じてもらえることを願う。
第2位:『スパゲティコード・ラブ』@ホワイトシネクイント
映像クリエイターとして活躍する丸山健志による監督作品『スパゲティコード・ラブ』。丸山氏はさまざまなCMやMVのディレクションを手がけており、中でもMONDO GROSSO「ラビリンス [Vocal : 満島ひかり]」のMVは最高としか言いようがなく、香港の雑然とした風景に満島ひかりの秀逸な表現力は一度見た人の心を掴んで離さない。
「スパゲティコード」とはIT用語で「解読困難なほど複雑に絡み合ったプログラミングコード」という意。このワードを映画のタイトルに入れ込むセンスに感服。
『スパゲティコード・ラブ』は言葉の意の通り、東京でもがき苦しみながらも生き続ける13人の若者たちの青春群像劇だ。
ストーリーはもちろんのこと、魅了されるのは個性が光るキャストたち。
映画『ドライブ・マイ・カー』でヒロインを務めた三浦透子、映画『うみべの女の子』でW主演を務めた青木柚など、2021年に見事功績を残した若手俳優はもちろんのこと、映画初出演となるモデルの香川沙耶や上大迫祐希など、2022年に注目必至であるフレッシュな顔ぶれまで。
特に心を唸らせられたのが、親の七光りと言われ続けることに苦しむ天才広告クリエイター・黒須凛を演じた八木莉可子。
“黒須凛”という世界観を創り出すために、とことん我を通し続ける彼女。それ故こだわりが強く、プライドが高く、いつのまにか味方は誰もいなくなる。カメラマン・氷室翼(古畑新之)に対して罵声を浴びせるシーンでは、はらわたが煮えくり返る程の苛立ちを覚えた。完全に八木莉可子ワールドに吸い込まれてしまったようだ。
劇中では、13人の若者たちそれぞれからあらゆる名言が飛び交う。中でも、カメラマンを目指し上京する高校生・小川花(上大迫祐希)による攻撃力の高い一言があった。
「ここ東京だよ、一回来ちゃったらもう、帰ったら負けになるところでしょ」
19歳のときに女優を目指して兵庫県から上京した私にとってこの台詞は真意であり、鑑賞後も脳内で繰り返し再生された。
「エモい」とか「ヤバい」とか、そういう曖昧な一言で片付けるのは風潮はよくないかもしれない。でも、どう踏ん張ったってその言葉でしか言い表せない、予断を許さない状況だってある。まさしくそれを表現しているのが『スパゲティコード・ラブ』。地方から上京して夢を追いかけた経験のある人には絶対に観てほしい作品だ。
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第1位:『街の上で』@下北沢トリウッド
映画『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』など、恋愛群像的の旗手として名高い今泉力哉監督。そんな彼の”今泉映画最高傑作”と言われている一本こそが、『街の上で』だ。「誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる」
下北沢を舞台にした、なんの変哲もない青年を中心とした、日常でありちょっぴり変な物語。ただ、それだけの映画。
主演を務める若葉竜也は、『愛がなんだ』『あの頃。』と、立て続けに今泉監督作品に出演し、本作では映画初主演を飾るなどして映画ファンからは名を知られていただろうが、お茶の間に浸透したのは朝ドラ「おちょやん」だろうか。”友人にいそう”な自然体な演技が、今泉監督作品によくハマる。
そんな若葉竜也演じる荒川青を取り巻く4人の女性が、いい。すごくいい。
1人目に、おそらく一番モテるだろうけど一番恐ろしい女、青の彼女(元カノ)である川瀬雪(穂志もえか)。とにかくかわいいんだよね、うん。ちょっと性格悪いけど。2人目に、絶妙な距離感が心地いい、古本屋の店員である田辺冬子(古川琴音)。冒頭のナレーションは彼女。多分、冬子が青の一番のファン。
3人目に、青に対するなんとも言えない失礼さがあとを引く、学生映画監督である高橋町子(萩原みのり)。出演時間としてはそう多くはないが、さすがは圧倒的存在感。4人目に、青の周辺領域を最もこじらせる引き金となる重要人物、学生スタイリストである城定イハ(中田青渚)。観た人全員、いずれはイハの虜になる。
他、青が働く古着屋に訪れる複雑な関係すぎる2人・茂(遠藤雄斗)と朝子(上のしおり)、THREEで出会う謎に包まれたメンソールの女(カレン)、下北沢を巡回するお喋りな警察官(左近洋⼀郎)。青がよく通うバーの常連であり、素性がよくわからない男・五叉路(廣瀬祐樹)など、よくもまぁどうやったらこんなに癖のある人たちが集まるのかと感心してしまうキャスティングに脱帽だ。
『街の上で』は、ヒューマントラストシネマ渋谷、下北沢トリウッド、早稲田松竹と3つの異なる映画館で鑑賞した。どの映画館でも共通していたのは他の観客と笑いを共有できる一体感。決して、爆笑の渦が起きるわけではない。なぜか、同じタイミングで、クスクスとした笑いが起こる。これがまた癖になり、ついつい映画館で観たくなるわけだ。
劇中にも登場する下北沢トリウッドで鑑賞する『街の上で』は至高で、観た足で「古書ビビビ」に寄って古本を買ったり、「スズナリ」の前を通ってみたり、「珉亭」でラーメンをすすったり。主題歌であるラッキーオールドサン「街の人」を聞きながら我が日常のようにロケ地を嗜むことで『街の上で』に登場する一員のような気持ちにもなれるので、ぜひ試してみてほしい。
ハラハラするサスペンスやスカッとするアクションが好みな方からすると、平凡すぎるほどには平凡な邦画作品であることは間違いない。でも、日常に溢れかえるクスッとする出来事に、心を救われることもある。そんな体験を、ぜひあなたにも味わってほしい。
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あなたにとっての”心に響いた映画”とは?
2021年公開ミニシアター系映画ベスト10について好き勝手に語らせていただいた理由は、私の心に響いた作品を、この記事を読んでくださった方に少しでも知ってもらって、あわよくば観てもらって、運命的に好きになってもらえたりしたらそれはもう最高だから。とはいえ、人それぞれ好みは異なるので、あなたにとって心に響いた映画が2021年に見つかっているといいなと、心から願う。
(文:桐本絵梨花)
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