映画コラム

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2022年11月22日

『すずめの戸締まり』新海誠が国民的作家であることを高らかに宣言した、記念碑的作品

『すずめの戸締まり』新海誠が国民的作家であることを高らかに宣言した、記念碑的作品


『すずめの戸締まり』新海作品史上最も“開かれた”作品


すっかり前置きが長くなってしまったが、そんなフィルモグラフィーを経て作られたのが、最新作『すずめの戸締まり』(2022年)。

宮崎県の田舎町で暮らす女子高校生の岩戸鈴芽(原菜乃華)が、“閉じ師”として日本各地を旅する宗像草太(松村北斗)と出会うことで「世界を救う」ミッションに巻き込まれる物語である。


おそらく本作は、新海作品史上最も“開かれた”作品だろう。ロードムービー形式を採用することで、彼女たちは行く先々でたくさんの仲間と出会い、心を通わす。もはや主人公たちは、モノローグで内面を吐露する必要もない。自分の声を聞いてくれる人々が、すぐ側にいるからだ。

本作では鈴芽の両親はすでに他界しているという設定だが、親代わりとなる叔母の環(深津絵里)が途中から鈴芽の旅に搭乗。これまで希薄だった“肉親とのコミュニケーション”がしっかりと描かれる。


『天気の子』と同じ、『すずめの戸締まり』でも「世界を救うのか、愛する人を救うのか」という二者択一が迫られるが、鈴芽はセーヴ・ザ・ワールドとセーヴ・ザ・ボーイの両方を遂行することで、世界を明るく照らす。本作では、社会的問題と個人的問題は両立し得ないものではないのだ。


いやはや、この開かれっぷりは一体どうしたことだろう?おそらくそのヒントは、草太の友人・芹澤朋也(神木隆之介)が、鈴芽たちをオープンカーに乗せて東北の実家に向かうシーンにある。芹澤がドライブ・ミュージックとしてかける音楽が、ユーミンの「ルージュの伝言」なのだ。



言わずもがな、この曲は『魔女の宅急便』(1989年)で使用されたナンバー。おまけに、「猫もいることだし」と、ジジを意識したセリフまで言わせている。

筆者はこの瞬間に確信した。『すずめの戸締まり』は、新海誠が国民的アニメーション作家であることを高らかに宣言した、記念碑的作品なのだと。とことんまでエンターテインメントを突き止めた、ポスト・宮崎駿映画なのだと。


ストーリーは全く異なるとはいえ、本作は『魔女の宅急便』と構造がよく似ている。『魔女の宅急便』は、魔法使いのキキが見知らぬ街へと飛び出し、「何者かになろう」と必死にもがく成長の物語だった。

本作もまた、鈴芽が見知らぬ土地を転々とし、様々な冒険を経て「何者になるか」を自己決定する物語と言える(ラストシーンで、彼女は看護師になるための勉強をしていることが示される)。愛媛で出会った少女の海部千果(花瀬琴音)が、「鈴芽って魔法使いみたい」と語るのは、非常に示唆的と言えるだろう。


「バルス!」や「夢だけど、夢じゃなかった!」といった名台詞が宮崎アニメの魅力であり、本作にも「お返し申す」というパンチラインがある。

『天空の城ラピュタ』(1986年)に登場する目玉焼き乗せパンや、『魔女の宅急便』のニシンとかぼちゃのパイといった“ジブリ飯”に対抗するべく、本作にはポテトサラダ入りの焼きうどんが登場する。三本脚の椅子や白猫のダイジンと、可愛らしい萌えキャラもいる。


序盤で鈴芽たちがダイジンを追いかけるシーンでは、これまでの新海作品では珍しく軽快なビッグバンド・ジャズが流れるが、そのタッチはまるで『ルパン三世』のようだ。完全無欠なエンターテインメントとして、ポスト・ジブリ映画として『すずめの戸締まり』は堅牢な完成度を誇っている。

だが新海誠は、この映画をエンタメ一辺倒で終わらせない。東日本大震災を真正面から取り上げて、物語が現実の世界と地続きであることを提示するのだ。この手つきは、社会とは完全に断絶された、初期セカイ系作品とは一線を画すものだろう。


日本人にとって哀しい歴史を描くことに対して、批判的な声もあるだろう。辛い記憶が呼び覚まされることに、異議を唱える声もあるだろう。筆者もその通りだと思う。だがそれ以上に、新海誠はあらゆる芸術が内包する治癒力を信じて、若い世代を癒そうとしたのではないか。

最終盤、鈴芽は子供時代の鈴芽をしっかりと抱きしめる。筆者は、このシーンに全てが集約されている気がしてならない。自分自身を強く抱きしめること。自分自身を癒すこと。その力は皆にある、と伝えたかったのだ。

『ほしのこえ』でノボルに「もっともっと、心を硬く冷たく強くすること」と語らせたニヒリスト新海誠は、もういない。彼は多くの経験を経て大人になり、大人としての責任感を抱き、優しく、でも力強く、我々に語り始めたのである。


もう一度繰り返そう。『すずめの戸締まり』は、新海誠が国民的アニメーション作家であることを高らかに宣言した、記念碑的作品である。

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