『君たちはどう生きるか』がわかりやすくなる「8つ」の考察|宮﨑駿が“アニメ”または“創作物”に込めたメッセージとは
3:下の世界へ誘う慇懃無礼なアオサギ=高畑勲?
ポスターにもなっているアオサギが、あんなにも大きく醜い鼻を持ち、慇懃無礼な話し方をする小ずるいキャラクターだと思いもしなかった人は多いだろう。
そのモデルは、共にアニメを作ってきた仕事仲間たち、特にこの映画の制作中に亡くなった高畑勲監督なのではないだろうか。
高畑勲(アオサギ)は初めこそアニメの世界(下の世界)へと丁寧な言葉で誘ったりもするが、罠であることがバレバレであっても宮﨑駿(眞人)はそこに行く。どうにも不遜なことばかりをするので、ケンカもしたくなる。でも、なんだかんだ良いコンビにもなっていき、宮﨑駿作品によくいるタイプの豪快な性格の女性(キリコ)に「あんたら仲良くやりなよ」とたしなめられるし、本当にピンチに陥った時には助けてくれたこともあった……そんな宮﨑駿と高畑勲の「犬猿の仲のようで実は親友」な関係が、眞人とアオサギに投影されたように思えたのだ。
現実における宮﨑駿の高畑勲への愛憎入り混じる言動は、もはや恋する乙女に見える時もあったそうだ。夢を見るのかという質問に対し、宮﨑駿は「夢はひとつしかない、いつも登場人物は高畑さんです」と言ったこともあったらしい。青春期を捧げた高畑勲への想いを、宮﨑駿は「性格も含めて醜くてちっともかわいくないが、なんとも人間くさくて好きになってしまう」、下の世界に誘うアオサギのキャラクターへ込めたように思えたのだ。
※参考記事:宮崎駿が高畑勲『かぐや姫』を「あれで泣くのは素人」とディス!? でも本音は…|LITERA/リテラ
そう考えると、眞人とアオサギが「ウソツキ」についての問答をしていたのは、やはりアニメ業界そのものが「体よく新人を迎え入れるがウソばっかり」な気質だという、ブラックなジョークなのかもしれない。
4:下の世界で積み木を組み立てていた大叔父=年老いた宮﨑駿?
※以降、『すずめの戸締まり』のネタバレに触れています。ご注意ください。
下の世界にいた大叔父は、老年期である今の宮﨑駿の姿であるのだろう。「頭が良いが、本を読みすぎて変になってしまった」のも、塔に引き篭もるどころか現実から離れ下の世界(スタジオジブリというかアニメ業界)に居続けるのも、自分自身の姿を自嘲気味に捉えたからなのかもしれない。その塔が下の世界でいろいろな場所でまたがって存在していたのも、やはりその場所を作り上げたのが大叔父=宮﨑駿ということだと思うのだ。
さらに、昔に空から落ちてきた“隕石”は宮﨑駿が影響を受けたアニメ映画のメタファーだろう。おばあさんの昔話と、その時の轟音を聞いた眞人の父は「まるで雷だな」と言っていたが、それはそのまま宮﨑駿の「雷に打たれたような衝撃」だったに違いない。
その隕石の周りを、建物(塔)で囲おうとしたものの、崩れ去ったりしてしまうのは、制作チームでうまく連携が取れなかったり、はたまた模倣をしようしたけどうまくできなかったことなどの、創作の苦しみそのものだったのかもしれない。
そもそもの「塔は大叔父が建てたと噂で聞いていたが、実際は空から落ちてきた」というのも、宮﨑駿が他人から唯一無二だと捉えられたりする自身の作品を、実は思い切り先人たちの作品の影響下にあることを自覚していたからだろう。
『君たちはどう生きるか』にしても(今までの宮﨑駿監督作も)、少年少女と鳥と独善的な王というキャラクターなどが、フランスのアニメ映画『王と鳥(やぶにらみの暴君)』から強い影響を受けているのは明らかだ。
そして、終盤に登場する“積み木”は、明らかにアニメ映画または創作物、もしくは宮﨑監督作のメタファーだ。その積み木を悪意のある墓石だと気づき(=後述する創作物の本質を見抜き)、積み木を足すことができると言われる眞人は、はっきりと宮﨑駿の“後継者”になれる人物ともいえるのだが……同時に、眞人はかつての宮﨑駿の投影でもあるのだ。
つまりは老年の宮﨑駿が、少年の宮﨑駿に後を継がせようとするという、ぐるぐると円環構造で繋がっているような構図もそこにある。ここで丘の上の光景を含めて、『すずめの戸締まり』を思い出す方もいるだろう。
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もしかすると、大叔父が「自らの血を引き継いだ者にしかできない」と言っていることからして、眞人には息子である宮崎吾朗にも投影されていたのかもしれない。もしくは物理的な血を継いでいなくても、後述するように作品を楽しんだ上で新たな作品を世に送り出す、これからのアニメや創作物のクリエイターへの期待を眞人に託しているとも考えられるだろう。
余談だが、『アーヤと魔女』の頃から宮﨑駿の「﨑」は「たつさき」表記へと変わっているのに、なぜか宮崎吾朗は「崎」表記のままだったりもする。それは「これからはかつての自分(の名前)を大切にするが、それを息子にまで押し付けたりはしない」という気概の表れなのだろうか……?
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また、映画『君たちはどう生きるか』の下の世界では、『もののけ姫』のコダマに似ているわらわらや、『崖の上のポニョ』の船の墓場のような光景など、今までの宮﨑駿監督作をほうふつとさせるキャラクターやモチーフが登場する。そこから、良くも悪くも「かつての宮﨑駿監督作品の集積」だと思った方もいるだろう。
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だが、これまでの宮﨑駿作品にあった世界や描写のつぎはぎで、かつてのフレッシュな魅力に欠けている印象でさえも、年老いた宮﨑駿自身でもある大叔父を世界の重鎮として置くことからして、「老い」に自覚的な内容なのだとも解釈できる。その作品の姿勢は、現在公開中の『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』をも連想させた。
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さらに、大叔父は「13個の石を、3日に1つずつ積み上げて、世界の均衡を取る自分の役目を引き継いでほしい」とも言っていた。
『ルパン三世 カリオストロの城』から短編『On Your Mark』も含め、この『君たちはどう生きるか』までの宮﨑駿が監督した作品の数がちょうど13本である。
「3日」は、現実で映画を作るのには「3年」かかることを示唆していたのかもしれない。
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