『おおかみこどもの雨と雪』賛否両論の理由を考える:なぜ狼の姿でベッドインしたのか?【解説/ 考察】
5:言葉にせずに訴えていることとは?
本作では“描写や説明が不足している”という批判の声も耳にします。ただ、あえて言葉での説明ではなく、映画としての演出や、ちらっと映る“物”で重要なことを訴えているところがあり、決してそうではないとも思うのです。
例えば花が、子どものころの自分と父との写真の横に、“彼”の生まれ故郷の雪景色の写真を置いてあげるというシーンがあります。これは花自身と彼を同列に見立てて、「あなたは1人じゃない」という訴えのようでした。
この花と“彼”の関係は、娘の雪と草平くん(雪が傷つけてしまった男の子)とも似ています。草平くんは母親の結婚と妊娠のために、“自分はいらない”という疎外感を感じている、だけど彼は辛くても無理やりに笑っている。そんな彼に対して雪は自分の正体を打ち明けて「本当のことを言っても笑っていられるようになりたい」と口にする……。草平くんは“彼”と同じ“一匹狼”でありたい(でもそうはならない)、雪は花と同じ“笑っていたい”という意思を引き継いでいるのです。
また、本作は非常に“引き”の画が多くなっており、これが“都会の片隅にポツンといる”という登場人物の“実在感”を高めているとも取れます。その引きの画で、都会に“引っ越してきた騒がしい家族”がいたことや、“彼”が“転んだこどもを立たせてあげた”ことなどで、主人公2人の心理を描くことにも成功しています。
そのほかにも、主人公2人の心理を表している物があります。それは、“ビンにささった花”が、以下のようにどんどん変化していっていることです。
・花が妊娠した時:3つのビンに花がささっている(“彼”は仕事中にタンポポをつんでいた)
・出産の直前:花のささったビンが4つに増えている
・“彼”がいなくなった時:4つのビンから花がなくなる
・“彼”の死を確認した後:1つのビンにだけ白い花がささっている
・草平くんが田舎の家にやってきたとき:1つのビンにだけ紫陽花がささっている
このビンにささった花は、主人公の花の“希望”とも取れます。妊娠や出産のときには花が増えて希望が溢れている。“彼”の死を認識する前にはその希望はなくなってしまう。“彼”の死を確認した後は“なんとかこども2人を育てよう”というか細い希望が“1つのビンにささった花”で表現されている、と考えられるのです。
さらに、雨は絵本の中で狼が悪者として描かれていたことを悲しんでいましたが、ラストでは「友達は海のにおい」「友達は緑のにおい」という、どちらも“生き物どうしの友情”が描かれた、実在する児童書(工藤直子著、理論社)が登場していました。この本の内容を知っていると、雨は自然の中で狼だからと嫌われるなんてことはなく、周囲の動物たちと友情を育める希望を持てるようになっています。
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(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会