<ちむどんどん ・結婚・夫婦編>76回~95回の解説/考察/感想まとめ【※ネタバレあり】
第89回:あゝ 歌子まで
1979年3月。雨降って地固まる、いよいよ暢子(黒島結菜)と和彦(宮沢氷魚)の結婚式の披露宴の日です。
披露宴の話ばっかりなんですが、肝心の式はどうなったのでしょうか。やらないで籍だけいれて、披露宴? 披露宴にすべてを賭けている様子の重子(鈴木保奈美)や、フォンターナに来てしんみりしている優子(仲間由紀恵)や良子(川口春奈)の様子を見れば、そうですよね。
これを機会にみんなで集まってパーティーしたいということなのでしょう。
房子(原田美枝子)は「自分がどこから来てどこに行きたいのか 考える一番の 機会です」と暢子に言います。
いわば、披露宴は人生の転機。
これまでのすべてを丸く収めるということで、三郎(片岡鶴太郎)と多江(長野里美)と房子も対面します。
そして、智(前田公輝)は歌子(上白石萌歌)の仮病に騙されて東京までやって来ることに。
房子と三郎との再会は暢子のたっての願い。智は、歌子が連れて来たかったのだと推測できます。あるいは家族ぐるみのはかりごとか。
これは、いろんな人の意見を聞きたいです。筆者はそっとしておきたい派。少なくとも自分のお祝いのときにはやらないと思います。
「ちむどんどん」の世界では、人類みなきょうだい、自分の幸せはみんなのしあわせという感じがするので、自分が幸せになる日に、みんなが仲直りしてほしいと思うのでしょうね。筆者はやるのもやられるのもいやかも。まあ、タイミングにもよりますけど。
「ちむどんどん」の場合は、重子も、房子も、智も意地っ張りで本音を出せない人物で、内心は水に流したいと思っているから、しぶしぶそうなったという状況を作り出してあげればいいということで、このような流れになっていると考えられます。
全員、同じ性格で、とても一面的なんです。意地っ張りな人物を描くのが得意な作家だなと過去作を見ても思うのですが、ひとりひとりの違いを尊重することを謳っているなら、もうすこし工夫して、いろいろなタイプのひとを描いてほしかったと思います。
重子も房子も、デレる表現が、おしゃれするというのも芸がない。重子はいろんな服に迷い、
房子は三郎が来てメイク直しします。うーーん……。まあこれはかわいいということでいいとして。
なんといっても、歌子の病気の描き方です。病気をドラマのフックにしてしまっていることが残念です。
最初にそれが気になったのは、歌子がはじめて東京に来て検査を受けたとき。大変な病気なのかなと心配させるムードがあり、結果、なにごともありませんでした。
そして今回、智を東京につれていくために仮病を使います。このとき、深刻な劇伴もかかるから余計にたちが悪い。もうこれでは歌子を心配できなくなります。これまで彼女が虚弱体質で悩んでいたことも無意味化してしまいます。それがなんだか悲しかった。
つまり、このドラマの脚本が仮病を使って、その都度、心配させるけど、それはほかの目的のためなのです。
暢子の実家への手紙と電話も脚本上の都合でしかなく、手紙を効果的に使っていた名作ドラマとはまるで違います。
セリフもほんとうに有機的でなく、その場限りの”それ”っぽいものばかり。
「乾杯用のスプマンテは冷えてますか」「はいもちろんです」と調理場の雰囲気を一応出してみました感。
「誰かに迎えに来てもらうかタクシーで行け」と歌子に当たり前のことを言う智。
フォンターナに「着いた」って前に来てるじゃん、重子。
「やんばるにこんな店ないね」と博夫(山田裕貴)。「きれい」と晴海。
石川家はここで三人家族一緒をかみしめます。
重子も、房子も、三郎も多江も、智も石川家も、それなりに大変な思いを抱えてきたはずで、それが報われたり、水に流せたりするときに、こんなふうでいいのかな。あー、いろんな人の意見を聞きたい。
「時間よ止まれ」を得意げに練習している賢秀(竜星涼)は、以前はなにかとうるさく感じましたが、彼にしかない主張があるので、少なくとも楽しいです。
※この記事は「ちむどんどん」の各話を1つにまとめたものです。
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